出雲大社では代々、出雲国造とその子孫が祭事を執り行っており南北朝時代以降は北島家と千家家に分裂し、幕末以降は千家家が宮司を務めています。出雲国造が出雲大社での祭事を司るのは記紀神話や出雲国造神賀詞に描かれているような天皇家との関係によるものであり、出雲国造の祖であるアメノホヒ命の功績についてそれぞれで異なる記述があります。今回は出雲国造と天皇家の関係や記紀神話と出雲国造神賀詞の内容の違いについて紹介していきます。
スポンサーリンク
目次
出雲国造神賀詞は記紀神話を反映して天皇家の祖である天照大御神と出雲国造の祖であるアメノホヒ命の関係を示す服属儀礼
国造は朝廷に任じられた地方官であり、朝廷から役人を派遣することで中央集権体制を確立していました。一方、いくつかの国では土着の豪族が朝廷より国造の役職に任じられており、出雲国もアメノホヒ命を祖とする豪族が国造に任じられ、出雲地方の神に対する祭祀を司っていました。このことから出雲国造は中央集権制度確立の後も独立した地方の有力者として社会的地位を保っていたということが読み取れます。
出雲国造神賀詞は新任の出雲国造が天皇に対して奏するもので、天皇家と出雲国造の関係を改めて宣言する儀礼です。出雲国造の任命式は太政官の曹司庁において行われ、その後神祇官庁において負幸物である金装横刀と糸、絹、布、鍬を天皇から国造のしるしとして賜ります。これを持って出雲国造は国に帰り、1年間の厳しい潔斎をして熊野の大神、大穴持命の二神を始め186社の出雲国中の神々を斎い祀り、再び朝廷に参上して大極殿南庭にて出雲の神宝を献上して天皇に神賀詞を奏上します。その後、出雲に帰りさらに改めて1年間の後の斎事を行なって3度目の入朝をし、同様に神宝を献上して神賀詞を奏上します。
このように何度も潔斎を繰り返し出雲国と都を行き来しているのは、服属を重ねて宣言して偽りのないことを表明するためで、このようなことが行われているのには記紀神話にも現れるような高天の原の神々と大国主神の関係が影響しています。次の段落では国譲り神話について紹介し天皇家と出雲国造の関係を明らかにしながら、記紀神話と出雲国造神賀詞の国譲りに関する記述の違いについて確認します。
古事記・日本書紀と出雲国造神賀詞ではアメノホヒ命の扱いが異なり、大国主神に取り入って国譲りを成功させた功績者として描かれる
ここからは『古事記』や『日本書紀』の国譲りの神話と『出雲国神賀詞』でのアメノホヒ命の描かれ方の違いについて確認します。
まずは『古事記』の国譲りの場面の一部を抜き出して紹介します。
『古事記』
思金神と八百万の神議りて白さく、「天菩比神、是れ遣はすべし」とまをす。故、天菩比神を遣はしつれば、大国主神に媚び附き、三年に至るまで復奏さず。
以上のように、葦原の中つ国の統治権を得るために遣わされる神を八百万の神の会議によってアメノホヒ神に決定しましたが、大国主神に媚びへつらい三年間帰ってくることはなかったということが記されており、アメノホヒ神は高天の原の命令に背き為すべき務めを果たさなかった神として描かれています。
続いて『出雲国造神賀詞』の内容を引用して紹介します。
『出雲国造神賀詞』
出雲臣等が遠つ神、天穂比命...国つくらしし大神をも媚び鎮めて、大八島国の現し事・顕は事事避らしめき。
【訳】出雲臣らの遠い祖先の神は国土を造成なさった大国主神に気に入られて現世の行政権と祭祀権を譲らせた。
以上のように『出雲国造神賀詞』ではアメノホヒ神は高天の原から遣わされ、大国主神にうまく取り入って国譲りが円滑に進められるように働きかけた功績者として描かれています。先述のようにアメノホヒ命は出雲国造の祖神ですので、出雲国造が朝廷で奏上する際に祖神の功績を強調したということが伺えます。
出雲国造神賀詞がつくられたのは出雲国風土記と延喜神名帳の間か
出雲国造神賀詞には出雲国造が祭祀を司る神社の数について以下のような記述があります。
『出雲国造神賀詞』
国作り坐しし大穴持命二柱の神を始めて百八十六社に坐す皇神等を...
【訳】国土を造成なさった大国主神を始めとして186社に坐す神々を...
このように『出雲国造神賀詞』では祭事の対象が186社とされています。
続いて出雲国の社について記されている資料として『出雲国風土記』と『延喜式』神名帳を挙げます。
『出雲国風土記』は出雲国造の出雲臣広島の監修のもとで733年に編纂されたもので、「壱佰捌拾肆所〔神祇官在り〕」と記述されています。
『延喜式』神名帳は927年に編纂されたもので、「出雲国一百八十七座〔大二座、小百八五座〕」と記述されています。
以上から、186所とする『出雲国造神賀詞』は184所とする『出雲国風土記』と187所とする『延喜式』神名帳の間につくられたということ、すなわち733年から927年の間につくられたと推定することができます。